大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和28年(ワ)1526号 判決

原告 上野松子

被告 大宮沼吉(いずれも仮名)

一、主  文

被告は原告に対し金二十万円を支払え。原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は、原告勝訴の部分に限り、原告が金七万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金三十万円の慰藉料を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は大阪市住吉区浜口東一丁目三二番地で歯科医を開業していた訴外亡上野茂の次女として純良に育ち、高等教育を受けて昭和二十三年頃には父母の膝下より進駐軍検閲局(演劇の部)PPBに勤務していたものなるところ当時、同市北区梅ケ枝町宇治電ビル内中国産業株式会社に勤務していた被告と知り初め、被告に誘われるまゝ、一緒に映画を見たり喫茶店に入つたりしその際原告は被告より巧に親切な言葉と至極真面目そうな結婚後の生活設計等を折交ぜて求婚されたので知識階級の家庭で正純に養育された原告はそれを信じ被告と単なる友人としてゞはなくその求婚を前提として交際するに至つた。当時被告は男一匹誓つて原告と結婚するが、自分の実母が気むづかしい人だから相当期間交際を続けて欲しいと原告に申出で、又、昭和二十四年二月初旬頃原告は被告との交際に誤りがないようにキリスト教会に関係していた東京女高師の先輩である訴外田端もんに相談し被告の真意を打診して貰つたところ被告は田端に対し原告と結婚する心算で交際しているが自分の母が気むづかしいので待つて貰つておるのであつて将来原被告が結婚してから原告は母と辛棒して仲良くできるよう宗教的教養を積み又洋裁等も充分できるよう結婚の日迄努力して呉れ等綿々と希望を述べたから、同人はすつかり安心して被告を信用し、その旨原告の両親等に伝へたので原告は愈々被告を結婚の相手と決め、他の結婚話は斥け原告の両親の了解をも得た上その家族公認の下に繁く被告との交際を継続した。而して交際中の昭和二十三年八月下旬原告は被告の勧誘に応じて京都市八瀬方面に遊んだ折同所平八茶屋の一室で被告からお互は既に結婚することに決つた事実上の夫婦ではないか等と言葉巧に肉体的関係を求められてこれを拒みきれなくなり遂にそれを許して処女を失ひその後も既に性的関係に迄入つた以上当然被告を事実上の夫と信じ正式の結婚を期待していた原告は度々被告の求めに従つて肉体関係を結ばざるを得なかつた。もとより原告が被告に対し正式の結婚前、性の交渉を許したことは仮令絶ち切り難い程熾烈な被告の要求によつたとしても軽卒の誹を免れ難いが、女は愛情に生きるものにして男女間の愛情の極、それが性愛に迄発展するのは自然の姿である。原告としては被告はつまりは将来の夫と言う期待と安心感があつたからこそ、それを許したことは否めない事実である。右の如き関係を昭和二十七年十一月頃迄持続する間、被告は、原告に対し夫の妻に対する如く種々の仕立物をさせたり洋服地を提供させたりする等見積金額五万余円を原告より利得したものである。然るに昭和二十七年十二月頃より被告の態度に冷淡な点が見受けられたが、原告は被告に貞操迄捧げているのであるから被告が原告との婚約を無視するようなことは決してないと信じ切つていたところ、昭和二十八年三、四月頃に至り、被告には原告と正式に結婚する意思のないことが感知されるようになつたので同年八月下旬、一面被告の道徳的反省を求め、出来得れば正式の結婚をしようとも思い、意を決して京都家庭裁判所へ被告を相手に調停を申立てた。ところが被告は全然出頭しないし、代つて出頭したその実母かつは原被告の交際していた当時は自ら被告の母として、原告に何くれと仲介の労をとり乍ら白々しい虚言を弄したので遂に右調停の申立を取下げざるを得なくなると共に、この調停に於て、初めて、原告は被告に妻子のある事実を知り永い間被告に玩弄されていたことを認識したのである。全く原告は昭和二十三年五月より今日迄の五年間被告との婚約を信じその「女たらし」の一語に尽きる被告の非行により良婚の機会と婚期を逸し剰さえその肉体的神聖迄も喪失した。これが為め被つた原告の物心両面の損害たるや莫大である。就中その精神的打撃は一時原告に死をも考へさせた程生涯忘却し得ない痛恨事であり他面原告の亡父茂が昭和二十八年五月十日これを悲憤するの余り、その期を早め被告への恨を胸に抱いて他界したこと等も又看過し得ない。故に原告は被告に対しその被つた精神的損害の賠償として金三十万円の支払を求める為め本訴請求に及んだと述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として原告が訴外亡上野茂の娘であることは認めるが被告は昭和二十三年九月頃大阪市梅田の喫茶店で友人の紹介によりそこに居合せた原告を知り初めその後月一、二回位喫茶店で出遇うているうちに親しくなり昭和二十四年十一月頃迄一緒に喫茶店に入つたり映画を見たりしていたがその後は交際が断絶していたところ、昭和二十五年九月頃、被告は原告より京都の案内を乞う葉書に接したので出迎へる旨の返事を出して原告を京都駅に迎へ、京都市内を案内したことがあつて以来、被告は原告より手紙が来る都度返事を出し原告の希望の儘に花見や、八瀬、大原等に案内したことはある。このように原被告が交際した事実はあつたが、それは単なる友人同志の交際に当り被告は現在の妻ナミ江と昭和二十二年二月二十六日事実上結婚し、昭和二十四年六月一日入籍していて原告との交際の初めその婚礼の際撮つた写真を原告に見せて被告には妻のあることを話した。原告はこのようなことを充分承知の上、被告と交際したのであるから、原被告間に二人が結婚すると言うが如きことが話題となつたことなく婚約はもとより性的関係に至つては全くない。従つて又被告が原告に仕立物をさせたり、洋服地を提供させたりしたこともない。原告が昭和二十八年八月京都家庭裁判所に調停を申立て、それが不調に終つた事実は認めるが前述のような次第であるから被告は原被告間に婚約が成立し被告に於てそれを履行しなかつたことを前提とする原告の本訴請求に応じ得ないと述べた。<立証省略>

三、理  由

よつて先づ原被告間に原告主張の通り婚姻予約が成立したかどうかの点を按ずるに成立に争のない甲第一乃至十五、十七乃至十九号証、証人赤羽勝男、同田端もん、同川口房之輔、同上野安子の各証言並に原告本人の尋問の結果を綜合すると、原告は昭和二十三年四月頃その友人より当時妻を求めているということで紹介を受けた被告と知り初め一緒に観劇などして交渉している中翌月頃被告より求婚されるに至つたものであつて被告は「実母が気むづかしい人で自分は以前結婚したことがあつたが母と妻との折合が悪く離別した次第であるから今すぐということはむづかしいが将来は必ず結婚する。結婚後母に仕へ仲良く生活出来るように、キリスト教的修養を積み、洋裁等も習つて物心両面に亘つて結婚への準備をして置いて欲しい」と原告との結婚について色々希望を述べたので原告はこの申出を受けてこれを承諾し必ずや近き将来に於て被告の妻となり得るものと信じて疑はなかつた事実及び原告は昭和二十三年八月下旬、被告の勧誘に応じて京都市八瀬方面に一緒に遊んだ折同所平八茶屋の一室で被告からの強い要求を拒みきれず遂に肉体関係を許しこゝに於て原告は始めて男性を経験し、以来京都市左京区岡崎真如堂前町十六番地の被告両親等の居る家の離座敷等で数回同様な関係を重ねた事実並に原告より被告への結婚前の交際として被告のため仕立物をなし又洋服地等も贈与した事実を認めることができる。右各認定に反する証人大宮かつ被告本人の尋問の際の同人の供述は措信し得ない。右認定事実によれば原被告間に原告主張の通り婚姻予約が成立し、原告は将来被告と婚姻しうるものと確信したればこそその貞操までも捧げ只管婚姻の実現を鶴首待望していたものと認めるのが相当である。尤も被告は昭和二十一年頃訴外久喜ナミ江と事実上婚姻していたことは後に認定する通りであるから、昭和二十三年中なした原告との婚姻予約は当初より履行不能の状態にありよつて有効な予約そのものが成立しないのではなかろうかとの疑を挾む余地があるのであるけれども、婚姻予約はその性質上必しも一人の男性につき二重に成立することを阻むものではなく、特に本件に於ては原告は被告にその頃内妻があるなどとは夢想だにしなかつたものなること前認定の通りであり、且又証人大宮かつの証言の一部と原告本人尋問の結果によれば前記久喜ナミ江と右かつとは当時意見が合わず不和の状態にあつた事実も認めうるのであるから、被告に於ては(極めて不道徳なことではあるが)一方に於てナミ江と同棲しながら他面その解消の場合を予想して原告と婚約したとも認定しうる事案であり、前認定の本件婚姻予約が当初より不成立又は無効ということをえない。

次に被告に婚姻予約不履行の責任があるかどうかの点につき按ずるに、成立に争のない甲第十六号証と前記証人川口房之輔、上野安子、赤羽勝男の各証言及び原告本人尋問の結果並に被告本人尋問の際の同人の供述の一部を綜合すれば、前認定の通り原被告は婚姻予約の下に交際を続けていたが、昭和二十七年の十月頃に至り被告やその父母の原告に対する不審な態度から、原告に於ても漸くにして被告の誠意に疑惑を抱き、被告に宛てた手紙にも何等の応答がないところから、止むなく未だ一抹の希望は残しつつも被告を相手取り京都家庭裁判所に調停の申立をしたところ、右調停中端無くも被告には昭和二十一年頃事実上の婚姻をなし昭和二十四年六月一日正式届出を完了したれつきとした妻ナミ江(旧姓久喜)のあることが判明した事実が認められ、被告は原告と婚姻を予約するに際し、故意に内妻のある事実を秘し原告を欺いてその純情を弄びその貞操まで奪つたものというの外なく原被告間の婚姻予約は当初成立の始めより被告の不純なる動機により成立したのみならずその後被告が前記ナミ江と正式婚姻届出することにより、履行不能となつたものであつて被告に右不履行につき責任あるや明かである。

よつて進んで慰藉料の額につき按ずるに原告本人尋問の結果によれば、原告は目下三十三才大阪市で歯科医師の子として生れ、昭和十六年十二月東京女子高等師範学校を卒業したものであつて初めての被告との婚姻に敗れ良縁を期待し難くなり止むなく歯科医を志して大阪市立大学医学部歯科に通学中のものなる事実を認めうべく、又被告本人尋問の際の同人の供述中の一部によれば被告は現在四十二才昭和十二年立命館大学法学部を卒業後大阪市で会社勤めをしていたが目下健康を害して無職、資産という程のものもないが将来多少の財産を相続すべき地位にある事実を認めうる。而して証人川口房之輔、上野安子の各証言と原告本人尋問の結果によれば被告は前記ナミ江と正式婚姻をなした後に於てもなお原告との予約による交際関係を続け、原告より調停申立を受けるまで自己に正妻あることを秘し、調停事件に於ても何等誠意を示すことなく原告を弊履の如く遇し顧みるところがなかつた事実を認めうべく、このことは前認定の通り本件婚姻予約の発端が被告の不純なる動機に発しているものなる点と併せ考えると本件予約不履行は被告に於て正常な倫理観に著しく欠けているところから生じたものといわざるをえない。尤も原告に於ても前認定の通り未だ通常の慣習に従う挙式等を俟たないのみか、訴外田端もんをして被告の真意を確めしめる前に軽卒にも肉体を許した点、及び前後四年間にも亘る長期間の性交渉を伴う交際をしながらその間戸籍調べ又は興信所を通じその他いわゆる「聞合せ」の方法による等何等被告の身元を調査した形跡なく等閑に付したものと認めるの外なき点は余りにも迂濶であつたといわねばならぬのである。右の如く原告に全然過失がなかつたわけではないが被告の前記厚顔無恥な行為は一時原告を甘美の夢境より責苦の奈落に陥入れ堪え難い痛苦に懊悩せしめたであろうことはたやすく推認しうるところであり、原告が漸く気をとり直して自活の途を立てるべく歯科医学に志したことはその教養の然らしめるところであろう。いづれにせよ被告の責に帰すべき事由による婚姻予約不履行に因り原告の被つた苦痛は甚大であり前記の如き諸般の事情を斟酌した上これを慰藉すべき額は金二十万円を以て相当であると認める。

よつて原告の請求は右の限度に於て正当なものとして認容し、爾余は失当として棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条九十二条仮執行宣言に付き同法第百九十六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 宅間達彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!